つりどりみどり。

釣るし採るし観察するし撮影するし、なんなら文献も漁る。

ネット辞書でラテン語論文を読んでみる(オショロコマ編)

19世紀初頭の論文を読もうとして、四苦八苦したという話。

発端

最近、日本産オショロコマの学名について、更新の動きがある。

いわゆる北海道に分布する標準和名「オショロコマ」という魚は、ドリーバーデンSalvelinus malmaの一亜種、krascheninnicoviである、という整理がされてきた。

「更新の動き」というのは、これをSalvelinus curilusという「別の種」とみなすべきだ、と主張するものだ(このあたりの話については関連論文を取り寄せ中なので、まとまったらそのうち書こうと思う)。

さて、種小名が変わるというのは分類学上は結構大きな変化と言えるわけだけれど、しかしSalvelinus Curilusとはいったいどういう魚なのか。

起源をたどるために、記載論文を読んでみることにした。

そしたら、ラテン語で書かれていたのだった。

Zoographia rosso-asiatica

curilusが記載されたのは1814年、「大帝」エカチェリーナ二世の治世下で活躍した博物学者・Pallasが晩年に執筆した図鑑「Zoographia rosso-asiatica(ロシア-アジアの動物学)」においてだ。*1 この時点では、Salmo curilusとなっている*2

19世紀に出版された「Zoographia rosso-asiatica」は現在パブリックドメインになっており、Biodiversity Heritage Library(BHL)が原書のコピーを公開している。*3

www.biodiversitylibrary.org


全部で3巻あり、Salmo Curilusの記載は第3巻の351ページに載っている。

以下にその全文を引用する。

2 5 1 . S A L M O Curilus.

   S. dodrantalis microlepidotus fulvo-guttatus, maxilla inferiore longiore, pinna dorsi undecimradiata, cauda subfurcata.

   In rivulis Insularum Curilicarum observatus fuit a p. m. DD. Merk, Salmoni Callari, prater magnitudinem, persimilis, sed juniorem prolem haud dixerim.

   Descr. Forma S. farionis gracilior, capite et rictu oris breviore. Maxilla superior paulo brevior, obtusa, supra bituberculata, margine dentibus acicularibus confertis, uncinulatis, ut et continua lamina mystacea margine, armata; inferior denticulis vix majoribus; sed majores denticuli in arcu palati medio interrupte muricato, et in lingua pauciores, serie duplici. Opercula branch. semiovalia; flabella branchialia decemradiata. Irides fusco-inauratae. Sutura lateralis rectissima, media, dorso magis parallela. Pinnae fusco punctatae, pectorales basi rubicundae, radiorum 15. ventrales 10 radiatae, fulvescentes; appendicula lanceolata. P. ani fulvescens, decemradiata; dorsi 10 vel 11 radiorum; adiposa exilis. Cauda subfurcata, magis incisa quam in Farione.  Corpus microlepidotum supra nigricans, lateribus fusco-olivaceum, ventre albido; guttae plurimae, in quincunces sparsae, fulvae et pallidae infra suturam lateralem, pauciora pallida supra eandem. Longitudo 7’’. 8’’’. capitis 1’’. 7’’’.

昔の学術書なのでラテン語で書かれている。

分かってはいたけど、さっぱり読めない。

とりあえず、Google翻訳にて横着してみた*4

こうなった。↓

サーモンキュリル

聖microlepidotus足黄色-gnttatns、長い背びれundecimradiatus尾subfurcataの下顎。

アイルズクリリカルムによって観察された小川でp。 NS。 DD。メルク、サーモンカラリ、サイズは別として、それが一番好きですが、それはもっと若かったので、子供もそうは言いません。

デザート。聖ファリオニスは優雅な形をしており、頭と口が開いている時間が短くなっています。下顎は高く、少し短く、鈍く、針状結晶の上にあり、針状で一緒に話し合っている縁、シラヒゲカンムリのプレートなどの非シヌラチス、そして続いて、完全に武装した端。大きくなるほど、低くなります。しかし、弧の広い歯状突起は、より小さな言語でムリカートを中断し、シリーズを2倍にします。ふたの枝。半卵円中心; branchialemdecemradiataファン。レインボー、ブラウンゴールド。横方向をまっすぐ、真ん中、平行に縫い戻します。暗いひれが点在し、胸筋の赤い光線が15を輝かせています。腹筋10、フルヴェセント。 laneeolata付録。肛門、P。fulvescens、decemradiata;バック10または11光線;腎周囲が薄い。ファリオニスにカットするのではなく、尾のサブフルカタ。直径より上の体Microlepidotus、fusco-olivaceaの側面、強い静脈の腹;パイントまたはその全体に分散した、より多くの労働力の大きな滴であり、彼の黄褐色で縫い目の下は青白く、側面は、同じ上で青白いものはほとんどありませんでした。長さ7 ''。 8 '' '。 1頭''。 7 ''。

うむ。

地道に訳すことにした。

ラテン語辞書さがし

ラテン語を訳すにはラテン語辞書が必要だが、あいにく羅和辞典の持ち合わせはない。

また近隣に羅和辞典がありそうな施設の心当たりもなかったので、オンラインで利用可能なものを検索していくことにした。

まず「ラテン語→日本語」の直訳ができるように羅和辞典を検索してみたが*5、これについてはヒットせず、早々に「羅英で調べて、英訳をさらに和訳する」作戦に切り替えた。

羅英辞典について調べてみると、次のようなサイトに行きついた。

www.lexilogos.com

これは複数のオンライン羅英辞典をまとめたサイトで、調べたい単語を入力して使用する辞典を選択すれば、各オンライン辞典での検索結果を表示してくる。

さらに、Wictionaryの英語版も併用することにした*6。これはLEXILOGOSの検索でヒットしなかった/もしくは訳に違和感があった単語についてGoogle検索をかけたところ、Wictionaryでヒットする場合があったからだ。いくつかの単語についてLEXILOGOSの辞書と比較してみたが意味が食い違うことはなかったので、メインはLEXILOGOS、サブにWictionaryという態勢で1単語ずつ訳していった。 

翻訳完成

空き時間+モチベーションが確保できたときだけ、ちまちまと進めていった結果、のべ作業時間30時間程度で、ひと通りの翻訳ができた。

次がその翻訳文(括弧内は訳者注)。はっきり言って「バラバラの単語の意味をつなぎ合わせて和文を作ってるだけ」なので、正確性については保証しません。

SALMO Curilus

要約 3/4フィート(≒19.05cm)、うろこは小さく、赤みがかった黄色の斑点があ
る。下顎はより長く、背びれの条数は11。尾びれはやや二又になっている。
クリル諸島の小川で観察された(一部、訳不明)。サケの仲間にサイズその他でよく似るが、若齢魚も同様かは不明。
外見:ほっそりしたサケマスの仲間で、頭部と口吻は短い。上顎はやや短く、その上に一対の隆起がある。歯は細いピン状で湾曲しており、結合している。またノコギリ状の歯列を備えている。下の歯は大きいものはほとんどない。しかし口蓋の中ほどにまばらに生えた大きな歯は湾曲して尖っており、舌は小さく、二つに分かれている。エラぶた:枝分かれしている。鰓耙の条数は10。虹彩は暗い金色を呈する。側線すなわち体側面の中ほどを通る線は、背中とほぼ平行に走っている。ひれは黒っぽく斑点がある。胸びれは基部が赤く、条数は15。腹びれは条数10。黄色く、また槍のような形をしている。尻びれは黄色い。背びれの条数は10から11。脂びれは小さい。尾びれはやや二又になっており、サケマス類よりも切れ落ちている。体は小さなうろこでおおわれており、背部は黒っぽく、側面は暗いオリーブグリーンで、腹部は白い。たくさんの斑点がみられる。五点形(訳者注:さいころの五の目のような並び方)で散らばっており、赤みがかった黄色や黄緑色をしている。側線の下にある。側線の上の斑点は少なく淡い。体長7インチ8リーニュ(≒19cm)、頭部1インチ7リーニュ(≒4cm)。

見てのとおり、あまりこなれていないのは否めない。でも、形態分類における情報については把握するには問題ないと思う。

ひれや鰓耙の条数などはオショロコマのそれと共通しているし、色彩についても一致する点が多い。

curilusの由来については、やはり千島列島の別名である「クリル諸島」と考えるのが妥当だろう*7。つまりこの魚は「クリル(千島)のサケ」として記載され、その後Salvelinus curilus、「クリルのイワナ」に直されたというわけだ。

これだけ見ると、オショロコマの記載文として問題ないような気がする。しかし、実際にはより早い年に「よく似た魚」Salvelinus malmaについての記載論文が出ており、日本産オショロコマにはそちらの学名が使用されることになる。

翻訳の雑記

訳してみて思ったのは、「略字が難しい」。

なるべく狭いスペースに多くの情報を入れようという努力の結果だろう。当時の印刷コストがどれだけのものだったかは分からないが、現代日本で同人誌を発行するよりは高くつくと思う。少なくともカラーでハードカバーだし。

翻訳を放棄したものとしては“p.m. DD Merk”や “P”。p.m.については現在でも「午後」として残っている略号だが、この文章に適用できるかは分からない。ただ、“DD Merk”は他種の記述内でも使用されているので、何らかの定型句だと思う。意味が分かる方はご教授いただけるとありがたいです。

文頭の “S”については、後の文章と重複する情報がみられるので、「要約」を意味する”summa”とみなし、そう訳した。

プライム(’)ひとつでフィート、ふたつでインチ、みっつでリーニュを意味するというのも、今回訳してみて初めて知ることができた。使う機会はなさそうだけど。

"Zoographia rosso-asiatica"には、他にもチョウザメ、シロザケやアメマスなど、北海道にも縁の深い魚類や、オオワシなどの鳥類についても記載されているので、機会があれば紹介・翻訳してみたい。

 

 

*1:なお、Zoographia rosso-asiaticaの出版年は1831年。各種データベースにおけるcurilusの記載年と異なる理由についてはよくわからない。

*2:Salmoは現在タイセイヨウサケ属のみを指すが、当時はサケ科の魚の多くがこの属に入れられていた。

*3:現在でもAmazonで製本版が売られているのだが、当時のラテン語に精通した人以外には無用の長物である。本棚に並べてかっこつけるくらいしか使い道がない。

*4:2021年8月22日現在。

*5:検索クエリは「ラテン語辞書 オンライン」及び「羅和辞典 オンライン」

*6:日本語版も試してみたが、やはり語彙がかなり不足している様子。

*7:“rivulis Insularum Curilicarum”という文章があるのがその根拠。“rivulis”は「川・小川」、 “insularum”は「島」という意味。 “Curilicarum”については、どの辞書でも英訳が見つからなかったが、“-icarum”は女性形の接尾辞で、属格の意味なので「Curilの」というくらいの意味と考えてよさそうだ。この単語は同書内ではシロザケの採集地として登場する。また同時代の学術書“Nova acta physico-medica”や、“Acta physico-medica academiae Caesareae Leopoldino-Carolinae naturae curiosorum”にも出てくるのだが、この2冊において“Curilicarum”と対になっている単語として“Aleuticarum”というのがあり、これは「アレウトの」という意味だから、“Insularum Aleuticarum”はアレウトの島々=アリューシャン列島と類推できる。並列で述べられている島嶼ということから考えると、Curil=Kurilと考えるのが妥当だろう。KがCになった理由については不明だが、スペルミスとかアルファベットの取り違えにしては数冊の学術書でそれが起こったというのも不自然なので、表記ゆれが後年統一されたということなんではないかと思う。ヨーロッパからすれば、はるか東の果ての島の名前だし。