釣り人の噂を追いかけていくと、よくわからなくなった、という話。
発端の噂
2019年ごろ、行きつけのフライショップで次のような噂を聞いた。
・尻別川水系・ニセコ町の某支流で、変わったオショロコマが釣れた。
・その個体は、然別湖のミヤベイワナに似ており、真狩川在来の個体とは異なる色彩をしていた。
・しばらくして、その支流より上流にある尻別川の支流・真狩川でも同じような特徴の個体が釣れた。
・ミヤベイワナ系統と思しき個体は、地元のガイドが放流したらしい。理由は客に大物を釣らせるため。
「真狩川(まっかりがわ)」といえば、演歌歌手・細川たかしの故郷・北海道後志(しりべし)管内真狩村(まっかりむら)を流れる川で、一級河川・尻別川の主要な支流の一つだ。
近くにそびえる活火山・羊蹄山からの湧水を水源としているため、水温は通年を通して低く、冷水性の淡水魚の生育に適しており、北海道南部における数少ないオショロコマの生息地の一つとなっている*1。
そんな真狩川に、他水系のオショロコマが放流されたという。
いただけない話だ。少なくとも、個人的には。
この川のオショロコマは腹部が鮮やかな朱色を呈することで有名で、地元では「アカハラ」の通称で通っているし、真狩川の支流には「アカハラ川」なる川までもが存在する。下の写真は2010年に釣った個体。
とかく釣り人は魚のサイズに価値を置きがちだけど、「美麗さ」をもっと評価してもいいのではないだろうか。野外で見る真狩川産オショロコマの色彩には、写真では伝わらない鮮烈さがある。
それが他河川由来の個体との交雑によって消えたとしたら、残念な話だ。いわゆる「交雑による遺伝子汚染」が起こったことになる。
しかし...
そんな話が本当なら、保全系の研究者が調査くらいしててもおかしくないと思うんだけど?*2
それに、釣り人の同定能力は研究者のそれとは違う。ぶっちゃけ、スキルに裏付けがあるかどうかが不明なので、信頼性に欠ける。
オショロコマの色彩については同じ河川でもばらつくことがある。色みが似ているという理由で「どこそこの川の個体だ」と断定されても丸のみする気にはなれない。
そして何より、写真がない。
ということで「放置してもいいかな、正直「汚染」ってのも人間勝手な主観的用語だし...」とも思ったのだけれど、ちょうど、先に挙げた写真を撮影した頃の話というのもあって、ちょっと気持ちが悪い。
調べてみることにした。
村の事業で放流された?⇒矛盾点多い
Googleで「allintext:オショロコマ 真狩川 放流」で検索すると、いくつかのサイトが見つかる*3。
しかし、最初に挙げた情報に一致する内容は出てこない。
一番近いのは、真狩村の任意団体「村づくり研究会」の旧ウェブサイトの「河川啓蒙活動」というページ*4で、次のような一文が確認できる。
イワナの仲間で希少種のオショロコマの稚魚を道立水産ふ化場真狩支場様のご協力を得て真狩川に放流しました。
字面通り、オショロコマの放流は「あった」と読める。
問題は、これがいつ、どこでの話なのかが書かれていないこと。
待って待って?
成果を書くなら、5W1Hくらい基本じゃないの?
「村づくり研究会」に問い合わせてみたところ真狩村役場につながり*5、次のような回答が返ってきた。
当時の会員がいないため詳細は分からない。
北海道の委託か何かで行われた、平成10年ごろの単年度事業ではないか。
うーん。
年代が10年以上昔に飛んでしまった。いやそんなことより、
村役場の職員が関わっていながら、自分達の事業記録すらつけてないわけ?
北海道に問い合わせてみたところ、真狩川がらみで平成10年前後に行われた事業としては平成7年の「真狩川河川公園整備事業」くらいしか見つからなかった。村づくり研究会のは誤情報だったらしい。いい加減な...
この事業は国土交通省の「手づくり郷土賞」を受賞しており、概要を現在でも閲覧可能だ。
さらに過去にさかのぼってしまったが、当該ページを確認してみる。
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/region/tedukuri/pdf/Part10_h7/10-1.pdf
ここでは放流されたのは「ヤマベ」、すなわちサクラマスとなっていて「村づくり研究会」の記載とは一致しない。
真偽を確かめるため、公文書の閲覧はできないものかと真狩村役場へ情報公開を依頼したところ、
情報公開の対象とならないため不開示とします。
という回答が返ってきた。
真狩村の情報公開条例の附則第1項の2に
この条例の規定は、施行日以後に作成し、又は取得した公文書について適用する。
という記載があり、条例の施行日が平成17年4月1日なので、当該事業に関する文書は対象外ということらしい。
さすがに腹が立ってきた。
こういう附則をつけるのって、地方自治体では一般的なの?
存在・不存在すら確認できないじゃないか。
保存年限を超えて破棄しちゃったから存在しない、とでも言われる方がまだマシだ。
真狩村が情報公開について、どういう姿勢をとっているのかがよく分かったが、このルートから情報を集めるのは、これが限界のようだ。
そこで、最初のページにあった「協力」という記述を頼みに、道立水産ふ化場(現在は「さけます・内水面水産試験場」に改組)に問い合わせてみた。
担当職員の方は大変親切にしてくださり、色々と情報を教えていただいた。情報は多岐にわたったが、今回の件と関係あるものは次のとおり。
・事業として、さけ・からふとます・さくらます以外の魚種を試験放流した記録はない。
・試験放流としても、オショロコマを放流した記録はない。
・そもそも、オショロコマは増殖対象ではないので。種苗を養育する理由がない。
・オショロコマを養殖している養魚場は道内に数か所あるが、現在は養魚場のオショロコマが放流された様子はない。
・当該事業への「協力」とは情報提供(オショロコマを販売している養魚場を教えるとか)や技術的支援のことと思われる。
・当時の職員は異動しており、当時の状況については不明。
やはり、ここでも「当時の担当者が不在」という壁に阻まれる結果に終わった。
とりあえずの整理
ここまでの確定した情報は以下の通り。
①真狩川には、平成7~8年ごろに何かの魚の稚魚が放流された。
②①で放流された魚種はオショロコマかヤマメのいずれか。
③国交省資料と真狩村の村づくり研究会Webサイトでは②に関して食い違う内容が記載されている。
④①の当時も現在も、道立水産ふ化場(さけます・内水面水産試験場)において、オショロコマの種苗を養育していた事実はない。
⑤真狩村の「村づくり研究会」HPでは、オショロコマを放流したとのみ書かれており、サクラマス(ヤマベもしくはヤマメ)についての記載はない。
①④を信頼するなら、放流されたのはオショロコマではなくサクラマスだ。
ただし、村づくり研究会の「オショロコマ放流」が別途行われた可能性は残る。
で、何より重要なこととして、
冒頭に出てきた「尻別川水系の別支流におけるオショロコマ放流とその拡大」については事ここに至ってサッパリわからないままだ。
なんか…疲れたな...
今後できることとしては、
①尻別川水系の各所で、オショロコマの遺伝子サンプルを採集する。
②他水系のオショロコマと比較する。
くらいだろうか?
PCRには費用がかかるし、北海道内の河川間で個体群を識別できる遺伝マーカーがあるのかどうかも情報集めをする必要がある。
あと、国交省に公文書の請求を出しておくことも必要か。
気が長い話だなあ…と思っていたら、ひとつ大事な事を確認し忘れていた。
そもそも、真狩川の在来オショロコマは健在なのか?
(続く)