「無斑」とも「流れ紋」とも異なる、オショロコマの色彩変異を見に行ったという話。
発端の情報
北海道は知床半島の約半分を有する町・斜里町にある「知床博物館」が編纂した「知床の魚類」という本がある。発行は北海道新聞社。
知床半島に生息する淡水魚と海水魚の生態や観察結果についてまとめた書籍なのだが、淡水魚の章にオショロコマに関する項があり、こんな記述がある。
滝の上に生息する個体群がいることを書いたが、(中略)体の模様がつぎはぎだらけの模様である個体の出現に、この魚は本当にオショロコマのものかと驚いたものである。(中略)生きているときは外敵に発見されやすい、野外では非常に目立つオレンジ色の個体が多いが、無事生き延び産卵を継続しながら遺伝子が受け継がれていることが分かった。(p27)
同じ頁には、パンダのような白黒の色彩をしたオショロコマの写真が掲載されている。
ホルマリン固定標本なのかとか、麻酔して撮ったのかとか、そこら辺の情報がない。生態写真もなし。
それでいて本文には「オレンジがかった体色」
なんか、妙に韜晦されているような気もしてくる…謎だ。
うむ。
見に行くことにした。
1回目
さて、キーワードは「滝の上」。
…まあ秘境・知床半島である。人間が比較的容易にアプローチできる「滝の上の水系」なんぞ限られている。
例によって場所の情報はここに書かないが、地元の人から情報をもらって目星をつけ、入渓してみた。
(註:写真がここにありましたが削除)
うーん、何の変哲もない渓流に…
何の変哲もないオショロコマ達。
少し透明度が低いというか、水中に細かいチリが流れていて、結構邪魔だ。
割と典型的な色彩の個体ばかりだ。
滝付近から長時間登ったり下りたりしたけど見つからず、1日目はあきらめて撤退。
ところが家に帰って動画のチェックをしてたら、飲んでたコーヒー吹きそうになった。
な ん か お る ! ! !
画面左端に、明らかに色が変なオショロコマが写っていた。
「オレンジ色」とはこれのことか?
再挑戦
もう一度、渓に入ってみた。
上の写真を撮影した場所を探してみると…
相変わらず水が微妙に…ピンが合わせづらい。
でもまあ、割とすぐ色彩が異なる個体が見つかった。
前回写った個体ではなさそうだが、全体的に色が明るめで、ところどころ虫食いのような青い模様が出ている。
パーマークが変に濃く、崩れた個体もいた。
色々、体色パターンが豊富なようだ。
こちらは、また別の色彩変異個体。
どうも、虫食いのように青い模様が現れるタイプをよく見かける。
「よく」と言っても、20匹~30匹に1匹くらいの割合ですが。
しばらく探していると、かなり魚が集まった瀞場を発見。
変わったヤツめっけ。
あまり刺激しないように回り込む。
(とか書いてるけど、実際に見た時は手が震えるレベルで興奮した)
これは…
朱点も白点も腹部の朱色もなくした個体だった。
パーマークはちゃんとあるので、完全な無斑というわけでもないけど、ひれとエラブタに残った黄色を除くとほぼモノトーン。実にソリッドな色合い。
ここまでいくと、ただ美しい。
こういうヤツもいるんだなあと。
かなり粘ったけれど、これ以上は近寄らせてくれなかった。
それにしても、特にオショロコマ同士では色の違いは気にしていないらしく、特に目立った個体間のやりとりは見られなかった。
直感的には色が違うと捕食圧とかが変わりそうな気がするが、この個体なんて割と平均サイズまで成長できてるし。
正常型と変異型のサイズ分布の違いとか、自由研究レベルで調べられそうなことは色々ありそうだ。
さらなる情報
ところで、「鮭と鰻のWEB図鑑」という図鑑がある。
公開が2021年だから、一般向け図鑑としては2022年10月時点では最新のものと言っていいと思う。
この中に「異形と奇形」と題したページがあり、色彩および形態の変異のことが載っており、無斑や流れ紋のような色彩から、顎の形や鱗の大きさなどの形態まで、表現型のバリエーションがいろいろ紹介されている。
今回見に行ったのは、「まだらな色彩」として取り上げられている変異に一応該当すると思う。
リンク先を見ればわかるが、体色が一部分抜けたり濃くなったりしているような変異の写真が掲載されている。
しかし、どちらかといえば、「知床の魚類」に掲載されたパンダ模様の変異に近いような気がするな。
そして、こんな説明文が添えられている。
北海道知床半島のオショロコマでは、ある滝の上流域で出現しやすいことが知られています。
さて、どの滝のことだろうか?
少なくとも、今回訪れた川はこの図鑑には載っていなかった*1。
まだまだ探索の楽しみは終わらないみたいだ。
*1:地元の人によれば「割と有名」とのことだが